Iさんという女性から聞いたお話。
彼女は料理が趣味で、ほぼ毎日台所に立っているそうだ。
ある時Iさんが天ぷらを揚げていると、突然鍋の中から何かが膨らんできたのだそうだ。
その何かはIさんの目の前でムクムクと蠢き、あっという間に5本の指がある人の手に形を変えた。
次の瞬間、手は無造作に彼女の手を掴み「グッ」っと鍋の中に引き込もうとしたのだという。
「あの時は熱かったわぁ」
そういって口に手を当てて爆笑しているIさんの手首には、古い火傷のあとがはっきりと残っていた。
炉辺談話
この話は自分が怪談を集めようと決めてから、初めて出会ったいわば「記念すべき第一話」だ。
御多分に漏れずこのIさんとも、某立ち飲み屋さんで知り合ったクチである。
ある意味この成功体験から自分の怪談収集のスタイルが決まったといっても良い。
ちなみにIさんは当初その謎の手を見て、自分が油の中にゴム手袋を落としてしまったのではないかと思ったらしい。