イラッシャイマセ

都内のA駅にほど近いアパートに住んでいたKさんの話だ。

駅から近い割にお値打ちだったその部屋には、ちょっとした欠点があった。

建物の入り口にある自動販売機が最新のものらしく良く喋ったのだ。

TPOに則して言葉を選び、そのバリエーションには様々なものがあった。

「イラッシャイマセ」

「オハヨウゴザイマス」

「キョウモイチニチガンバッテクダサイネ」

夜勤がメインだったKさんは、朝方に出勤するサラリーマン達が買っていく際に流れてくる、その独特の機械音があまり好きではなかったらしい。

とある日の深夜。久しぶりに休みを取れたKさんは、部屋でTVを見ながらくつろいでいたそうだ。

ふと気づくとワンルームの室内に異様な圧迫感が漂っている。

誰かから睨みつけられているような感覚。

息を殺してあたりをうかがうと、どうやら出入り口であるドアの向こうから発せられているようだ。

絶対に関わっては駄目だと頭では解っているのだが、何故か瞳はドアスコープに向かって吸い寄せられていく。

スコープ越しにその「何か」が確認できそうになったその時、ドアの向こうから

「コンバンハ!! ナカニイマスヨネ!!」

と聞き覚えのある電子音が部屋の外から鳴り響いてきた。

弾けるように後方へと腰が砕け、Kさんは身動きがとれなくなってしまった。

いつまで扉を凝視していたのだろうか、まともに動けるようになったのは日が昇ってからのことだった。

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