久しぶりの帰省から地元へ帰ってきた日、お土産配りを兼ねつつ行きつけの居酒屋へ立ち寄った。
店に到着しマスターとあれこれ話していると、常連のNさんが子供を連れて暖簾をくぐってきた。
「マスター、テイクアウトできる?」
聞くと、次男の入学式のお祝いを家でやるとのこと。連れてきたお子さんが件の次男坊くんだという。
彼は最初こそ物珍しそうに店内をウロウロしていたが、結局はNさんのスマホを借りてゲームをやり始めた。
Nさんと世間話をしていると、何となく話題が年始に起きた大地震の話に移った。
「久しぶりに聞いたけど、緊急地震速報の音っていつまでたっても慣れないよねえ」
そんな会話をしていたとき、スマホにかじり付いていた次男君がいきなり顔を上げNさんに語りかけた。
「あのね! あのとき俺テーブルで絵を描いていたんだけど、置いてあった黒のクレヨンがいきなりピョンピョンピョンって飛んだんだよ! それでその後すぐあのビービーが来たの!! すっげぇヤバかった!!」
Nさんにそう伝えながら、彼は興奮気味に指を上下に動かす。
その指先は優に彼の頭を飛び越えていた。
Nさんはその話を聞きながら
「そうか~、飛んだのか~」
と相づちを打ちつつ、ビールを流し込んでいた。
炉辺談話
日常生活で不意に飛び込んできた不思議な話だ。
この会話のすぐ後に話題は別の方向へ飛んでいき、それ以上の追求はできなかった。
自分の怪談収集における実力不足が身に沁みたエピソードだ。
ちなみに、店のマスターもNさんも自分が怪談好きなことは知らない。