N県のとあるお寺の本堂、ご本尊の傍らに不思議な人形が奉られている。
人間でいえば2~3歳児ほどの大きさで、信徒の方が繕った立派な着物を着せられているその人形の名を「おからこさん」という。
住職さんは、この人形にまつわる不思議な出来事を聞いたことがあるそうだ。
50年以上も前のこと、とある晩に寺の檀家衆のAさんが家路を急いでいた。
お寺の裏方に位置する田園のあぜ道を歩いていると、まだ水が張られたばかりの田んぼの真ん中に何か動く影を見つけた。
目を凝らすと、どうやらそれは子供のようである。
「おからこ、おからこ、おからこさん」
と、歌のようなものを口ずさみながら、田んぼの泥を踏んで遊んでいるようだ。
(どこの子供だか知らないが、こんな夜分にいたずらをするとは不届きな奴だ)
そう思ったAさんは「こらーッ!!」と大きな声でその子供を叱りつけた。
怪しい人影とはたかが数メートルの距離である。当然聞こえているであろうはずなのだが、Aさんには目もくれず子供は遊び続けている。
じゃぼ、じゃぼ、という泥が跳ねる水音と、奇妙な歌声だけが田園に響く。
その様子に何ともいえない薄気味悪さを感じたAさんは、それ以上関わるのをやめて足早にその場を離れた。
翌日、Aさんは昨晩のことを住職に相談しに行ったそうだ。
報告を聞き終えた住職はスッと立ち上がり、おからこさんが奉られている祭壇へと向かって行った。
Aさんもそれに続きおからこさんと相対したところ、その着物がまだ生乾きの泥でべったりと汚れていたのだという。
炉辺談話
懇意にしているお寺で聞いた話だ。
実際に自分も拝見させてもらったことがあるが、所謂「呪いの人形」といったものではない。
今でもみんなに大切にしてもらい、着物も奇麗なものを着せてもらっている。
良くわからないのは、なぜ「おからこさん」と呼ばれているかである。
美術で言うところの「唐子」なのか、地方の郷土料理「からこ餅」からきているのか……。
住職さん含め土地の人もその理由は分からず、意味も不明となっている。