自分の会社の事務所には「出る」という話を聞いた。
職場の先輩であるMさんが体験した話だ。
月末のその日、Mさんは遅くまで会社に残って溜まった仕事を処理していた。
事務所には既に彼女一人で、お気に入りの歌手の音楽を流しながらパソコンに向かっていたそうだ。
終電までの時間を計算しながらキリの良いところで仕事を終え、椅子にもたれて思いっきり伸びをしたときにチラッと何かが眼の端に入った。
何気なくそちらを向くと同僚のデスクのところで何かが動いている。
パソコンのディスプレイの両端から、女の手指が覗いて見えていた。
まるでこちらに向かって紙芝居をしているような形で左右の端から赤いマニキュアをした指が突き出ており、しきりにディスプレイをまさぐっている。
指は暫くの間ディスプレイの上を這いまわり、まるでこちらに気づいたかのように人差し指と中指で――
「トトトッ」
と液晶の表面を叩き、そのまま裏側へと引っ込んでいった。
その瞬間我に返ったMさんはパソコンの電源を落とすのも忘れて会社を飛び出したそうだ。
この事件以降、Mさんは絶対に定時で帰宅するようになった。
炉辺談話
今は退社してしまったMさんが話してくれた、うちの職場の話だ。
オバケよりも何よりも、最後の一文がとても恐ろしい。
この「赤いマニキュアの女性」と思われる存在は、この後もうちの職場に現れている。