月末までにどうしてもやらなくてはいけない仕事があったため、その日は生憎の休日出勤となってしまった。
がらんとした社屋の中は自分と先輩のKさんの二人きりだった。お互い自分の部屋で黙々と作業をこなしてゆく。
午後を回ったくらいの時間に、Kさんが部屋に訪ねてきて奇妙なことを聞いてきた。
「鴨鍋さん、Mさんって業務が残っていましたっけ?」
Mさんというのは、当時うちの会社で唯一の女性社員だった人である。
特に無いと思いますよ、そう答えるが何やら納得をしていない様子だ。
何事かと問うと、階上のオフィスから足音がするのだという。
ヒールのようなコツコツという響きだったので、Mさんが出社したのではないかと思ったそうだ。
「上に行っても誰もいなかったし、いったい何なんでしょうねえ」
Kさんは不思議そうに独りごちている。
自分は心の中で
「それは例の女なんじゃないか……」
そんなふうに考えていた。
炉辺談話
これは、僕自身の体験談だ。そしてこの話に出てくるMさんというのは「赤いマニキュアの女」の体験をしたその人である。
ちなみにKさんはこの後も何度か「やっぱり誰もいないですよねえ」と、部屋に訪ねてきた。
Kさんは心霊などにあまり興味がない人なので、社内にいる謎の女と、この時の現象が紐付かなかったようだ。