10代の頃に小さな雑誌の編集プロダクションでアルバイトをしていた。
その会社は規模の割に関わっている案件が多く、校了が重なった月などは毎日誰かがソファで討ち死にしているような環境だった。
当時一番の下っ端だった僕は、記事を書く以外のあらゆる雑用をやらされたものだ。
「どこかの部屋の赤ちゃんがうるさいから苦情を言ってきてくれ」、「悪戯電話が深夜まで酷いから回線を調べてほしい」など、徹夜続きでストレスの溜まっている先輩達への応対に苦労した記憶がある。
ある日「事務所内で猫みたいにでかいネズミを見たから駆除してほしい」と要望が入った。
駆除と言われても専門的な知識があるわけではないので、近所のホームセンターでネズミ捕り用のトリモチを買ってきて仕掛けることにした。
事務所の給湯室で準備をしていると「何しているの?」と声をかけられる。
振り向くと、外注ライターのMさんが立っていた。
「Sさんに言われて、ネズミ捕りをしかけるんですよ」と僕。
「けど、それじゃ捕まらないと思うよ」
「サイズが大きいと逃げちゃいますかね?」
「いや、そうじゃなくて」
Mさんが声のボリュームを上げた。
「その、猫みたいに大きなネズミってさ、身体はネズミだけど、顔は人間の赤ちゃんだよ。だから、普通の罠じゃ捕まらないと思うんだよね」
Mさんに赤ちゃんの声の苦情を言った覚えはない。
その時Mさんが徹夜続きだったかは不明である。
炉辺談話
10代の頃の懐かしい記憶だ。
この事務所があったのは、スポットとしても有名なS拘置所の跡地からほど近い場所である。
当時は怪談を集めるなんて気はなかったので流してしまったが、あの場所にはもっと色々あったのかもしれない。