竜の目撃談 その1

10代の頃、リュックサック一つで東南アジアを巡る所謂「バックパッカー」というものをやっていたことがある。

その旅程の途中、ベトナムからラオスの国境に向かう夜行バスの中でとても不思議な話を聞いた。

話してくれたのは同じく日本人旅行者のDさん。

汚れた窓から月明かりだけがほんのり差し込む車内で、Dさんは神妙な顔でぽつりと呟いた。

「実は俺、竜を見たことあるんだよね」

遡ること数年前の夏。Dさんは国内の某離島を訪れたのだという。

目的はその島で年に数回行われるという、大規模なレイブパーティーに参加するためだった。

無事に会場にもたどり着き、日が沈むにつれて徐々に「場」ができあがっていった。

人同士がもみくちゃになり前も後ろもわからないような熱狂の中、たまらず顔を上に向けると大きな満月が頭上に浮かんでいた。

都市部では到底見ることのできないその美しさに目を奪われていると、群衆の中で誰かがいきなり叫んだ。

「あっ!! なんだあれ!!」

つられて皆が上空に視線をあげると、人混みの中から「うおー!!」とか「すげー!!」などの歓声が沸き始める。

何人もの人が必死に月を指さしている。

最初はイベントのアドバルーンかなにかだと思ったらしいのだが、それにしては距離が異常に遠い。

「逆光だからそれのシルエットがくっきり見えたんだ。細長い影の横から腕みたいなものが二本飛び出ていて、その先端に尖った爪が生えているところまでハッキリわかったよ」

棒のような本体の上部は丸みを帯びており、下部は向かうにつれ細くなっていく。

どうやら頭と尾があるようだ。

誰かが「竜だぁっ!!」と叫んだ。

途端に絶叫するもの、暴れるもの、誰彼かまわず肩を組み始めるものなど暴動のような有様となり、会場は更に狂乱の様相を深めていった。

そんな喧騒の中、上空の影は少しづつ小さくなっていき、やがて見えなくなってしまったそうだ。

「俺はね、たぶんあれは月に降りていったんだと思うんだよ」

戻る